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僧俗の礼儀と立場

御法主日如上人猊下お言葉
僧俗の礼儀と立場
総本山大坊在勤式の砌
平成二十六年三月二十八日 於 総本山大書院
大日蓮 H.26年5月号 50頁8行目~50頁16行目

 (出家得度されたお子さまの親御さん)皆様方のお子様が出家し、それぞれ道号と言いまして、お坊さんの名前を頂戴いたしました。今後、親御さんの方々は、たとえ我が子であったとしても、今までのように呼び捨てではなく、例えば、明栄さんなら、明栄さんというように、必ず「さん」付けで呼んでもらいたいのです。
 それはどういうことかと言いますと、皆さん方は自分のお子さんが、だれからも尊敬される立派な御僧侶になってもらいたいと思っているでしょう。そうであるならば、まず皆さん方が、そのお手本を示していく必要があるわけです。すなわち、皆さん方が出家された我が子に、きちんと「さん」付けで呼ぶことによって、一つの見本を示すのであります。ですから、今後は必ず「さん」付けで呼んでいただきたいと思います。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた
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主師親の三徳

御法主日如上人猊下お言葉
主師親の三徳
第十七回 海外信徒夏期講習会お目通りの砌  平成二十六年八月二十三日 於 総本山客殿
大日蓮 H.26年10月号 56頁4行目~58頁11行目

 大聖人様は『開目抄』に、
  「夫(それ)一切衆生の尊敬(そんぎょう)すべき者三つあり。所謂、主・師・親これなり」 (御書五二三㌻)
と仰せられています。 この御文は、『開目抄』の冒頭の御文でありますが、『開目抄』は、『観心本尊抄』が法本尊開顕の書であるのに対して、人本尊開顕の書と言われている重要御書であります。
 その冒頭に、一切衆生の尊敬すべきものとして、主師親の三徳を挙げられていますが、主徳とは主人の徳で衆生を守護する力・用きを言い、師徳とは師匠の徳で衆生を正しい道に導き教化する力・用きを言い、親徳とは親の徳で衆生を慈愛する用きを言います。
 この主師親の三徳について、これらの一分を具えた人師は歴史上、多々見受けられますが、三徳を兼備あそばされているのは仏様だけであります。例えば、インド出現の釈尊も主師親の三徳を兼備された仏様であります。
 しかし、釈尊は熟脱の教主にして、その教えの効力は正像二千年までに限られ、大集経に「白法隠没」と仰せられているように、末法の衆生を救済することはできません。
 よって、末法の一切衆生救済のため、法華経の予証に従って御出現あそばされたのが、内証久遠元初の御本仏・主師親三徳兼備の宗祖日蓮大聖人様であります。
 故に『産湯相承事』には、
  「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」 (同一七一〇㌻)
と仰せられ、さらに『開目抄』には、
  「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」 (同五七七㌻)
と仰せられているのであります。
 末法の一切衆生は、主師親三徳兼備の日蓮大聖人様を御本仏と仰ぎ奉り、大聖人様がお唱えあそばされた本因下種の妙法を受持信行して、初めて成仏得度がかなえられるのであります。
 故に『椎地四郎殿御書』には、
  「生死の大海を渡らんことは、妙法蓮華経の船にあらずんばかなふべからず」 (同一五五五㌻)
と仰せられているのであります。
 されば、今、私どもは一切衆生救済の秘法たる御本仏日蓮大聖人様の本因下種の妙法をもって、一人でも多くの人に折伏を行じ、もって五濁にまみれた末法の世を浄化し、すべての人々の幸せと芯の世界平和実現を目指して、なお一層の精進をそていかなければならないと思います。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた

二十行の偈、三類の強敵

御法主日如上人猊下御講義
二十行の偈、三類の強敵
信行要文④ 平成二十六年度 第十一回 法華講夏期講習会 第四期
大日蓮 H.26年10月号 17頁7行目~19頁16行目

 「二十行の偈」とは、法華経勧持品のなかに説かれる偈文のことであります。「偈」とは、仏典のなかで韻文(いんぶん)形式を用い、仏様の徳を讃歎したり、あるいは法理を述べられたもので、四句から成っているのであります。私達が朝夕の勤行で読誦するなかに寿量品の「自我偈」がありますが、自我偈の「偈」はこの偈文の意味です。
 この偈文は、四句で一行、一つの偈となっています。例えば、自我偈の初めに、
  「自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇」 (法華経四三九㌻)
という御文がありますが、それぞれ五字で一句となっていて、四句で一偈となるという具合です。
 お経のなかには多くの偈がありまして、方便品のなかにもあります。勤行で三転読誦する十如是の御文に続いて、
  「世雄不可量 諸天及世人 一切衆生類 無能知仏者」 (同九〇㌻)
から始まる「世雄偈」という偈があります。
 方便品は十如是のあとも、実は長く続いておりまして、私が小僧の時はそれを勤行で読んでおりました。今は十如是までしか読みませんので、皆さんのお経本にも載っておりませんが、その世雄偈も四句で一偈となっております。
 同様に、勧持品に説かれる偈文も、五字で一句となっている偈文が二十行、つまり一行が四句で二十字、それが二十行ですkぁら、四百字の偈文が説かれているのです。すなわち、
  「唯願不為 (唯願わくは慮(うらおも)いしたもう為(べ)からず) 」 (同三七五㌻)
から始まって、
  「発如是誓言 仏自知我心 (是の如き誓言(せいごん)を発(おこ)す 仏自ら我が心を知ろしめすらむ) 」 (同三七八㌻)
の御文までが二十行の偈であります。
 これは、法華経の虚空会において八十万億那由佗の菩薩が、仏滅後に三類の強敵による大難に耐えて法華経を弘通することを、異口同音に誓った御文であります。
 この三類の強敵とは、第一が俗衆増上慢で、法華経の行者を悪口罵詈したり、あるいは刀杖の難を加えたりする、仏法に無知な在俗の人々のことであります。
 第二の道門増上慢とは、邪宗の僧侶のことを言い、慢心が盛んで、邪智に富んだ者達のことであります。
 そして、第三が僣聖増上慢と言い、表面上は聖者のように装って社会的に尊敬を集めているけども、内面では利欲に執し、悪心を懐いて、法華経の行者を怨嫉する僧侶のことであります。大聖人様の御在世当時では、権力を利用して大聖人様を流罪あるいは死罪にしようとした極楽寺良観などが、この僣聖増上慢に当たります。
 このような三類の強敵による様々な大難を及んで法華経を弘通することを、異口同音に誓ったのが、勧持品の二十行の偈文であります。
 末法今時におきましては、『開目抄』のなかに、
  「日蓮一人これをよめり」 (御書五四一㌻)
とおっしゃっておられますように、大聖人様は三類の強敵が説かれる二十行の偈を、身口意の三業で読まれたのであります。例えば、小松原の法難や竜口の法難、あるいは伊豆・伊東の法難など、たくさんの法難がありますが、このような未曾有の大難を受けながら、大聖人様は末法の御本仏としての境地を開顕あそばされたのです。ですから「日蓮一人これをよめり」と示されたように、三類の強敵を身口意の三業にわたってお読みあそばされたのは、御本仏である大聖人様お一人なのであります。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた
プロフィール

美華子愛♪

Author:美華子愛♪
日蓮正宗信徒の美華子愛♪です。念のため申し上げておきますが、男性です。
昭和50年に創価学会三世として生を受け、以来平成20年まで創価学会に在籍。両親はともに現役の学会幹部。
創価学会の本尊が偽造本尊と知り平成20年に脱会、法華講の方と接触して御住職ともお話を伺い、日蓮正宗こそ正当と確信して同年に勧誡式を受けて日蓮正宗に帰伏、現在に至る。

本ブログは、主に日蓮正宗の教義資料の掲示、それに関連する傍系反系資料を含めて掲示します。
特に入手の難しい資料で信徒にも重要と思われる物について掲示していきます。
なお、誤り等あるときはご連絡いただけますと幸いです。

メールアドレスは
mikacolove0101-blog@yahoo.co.jp
メールの題に
【ブログ連絡】
と付けてくださると幸いです。

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