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聖教新聞紙上に踊る常軌を逸した罵詈雑言

聖教新聞紙上に踊る常軌を逸した罵詈雑言
聖教新聞2003年9月27日付4面
破邪顕正 邪悪は痛罵せよ!
政治も、言論も、宗教も--民主を食い物にする悪辣な人間とは断じて戦う!日本はこの気骨が伝統的に弱い。
日本をダメにしているのは、悪人連中だけでなく、美辞麗句ばかり構えて悪と戦おうとしない"偽善の徒"である。
我らの宗祖・日蓮大聖人は、悪を痛烈に罵倒する言論闘争を展開された。
邪宗の坊主を「アブ(虻)」や「イナゴ(大蝗虫)」呼ばわりし(今で言えば、"ウジ虫野郎"とでも言ったところか)、一点の曇りも逡巡もなく、一刀両断したのである。
民衆を食い物にし、のうのうと暴利を貪っていた権力者は、縮み上がった。そして、怨嫉と謀略の果てに、仏罰の業苦に沈み、厳しき因果の理法を己の??????????????
「牛馬の如くなる知者どもが日蓮が法門を仮染にも謗るは糞犬が獅子王をほへ癡猿が帝釈を笑ふに似たり」(御書890㌻)[新編445頁] と、大聖人は口を極めて呵責しておられる。
糞犬!癡猿!日顕のごとき極悪を『極悪』と斬り、山崎のごときゲスを『ゲス』と笑い、新潮・文春等の『子供たちに読ませたくない』クズ雑誌を『クズ』と叩いてこそ、日本の民主主義は守ることができる。
言うべきことを言わない臆病な"お澄まし屋"は、悪を増長させ、善を虐げる加担者だ。
ルソーいわく「悪人に対して恐るべき人間になりえないとしたら、どうして彼は善良な人間でありえようか」(山路昭訳)
俗耳に入りやすい甘言で人々を誑かすウソ議員やデマ雑誌やエセ宗教。これらの魔物を打ち倒し、日本の精神復興の光をもたらすのが、正義を打ち込む創価の言論闘争だ。
聖教新聞2003(平成15)年9月27日4面 破邪顕正
※薄字部は、新聞の左側の行が隠れて見えないため、「創価学会とは何か」(山田直樹著 新潮社)74頁の引用を用いてこれを補完した。「???」とした部分は、同書に引用がないため不明のままとした。判明次第補完したい。

仮にも日蓮門下を自称する創価学会だが、何たる不遜か。大聖人の御金言を引き、さも自分らの罵詈雑言は破邪顕正と本気で思っているようだ。
日蓮大聖人の教えを曲解して世間より大聖人すら誤解されかねない不遜な言辞である。

大聖人は、
[蒙古使御書]「蒙古の人の頚を刎ねられ候事承り候。日本国の敵にて候念仏・真言・禅・律等の法師は切られずして、科なき蒙古の使ひの頚を刎ねられ候ひける事こそ不便に候へ。」(新編909頁)
と仰せられているが、創価学会ならばこの御文を直ちに「悪人は殺しても良いのだ」とでも曲解しかねないと戦慄を覚えたのは私だけであろうか。

「大蝗虫(おおいなむし)」という言葉は、御書中に二箇所(平成新編)あるが、聖教新聞は以下の御文中にある「法師ににたる大蝗虫」「大蝗虫たる諸僧等・近臣等」を日顕上人或いは御僧侶方の為体(ていたらく)とでも言いたいのであろう。
[報恩抄]「日本国には伝教大師が仏滅後一千八百年にあたりていでさせ給ひ、天台の御釈を見て欽明(きんめい)より已来二百六十余年が間の六宗をせめ給ひしかば、在世の外道・漢土の道士、日本に出現せりと謗ぜし上、仏滅後一千八百年が間、月氏・漢土・日本になかりし円頓の大戒を立てんというのみならず、西国の観音寺の戒壇・東国下野の小野寺(おのでら)の戒壇・中国大和国東大寺の戒壇は同じく小乗臭糞(しゅうふん)の戒なり、瓦石(がしゃく)のごとし。其れを持つ法師等は野干猿猴(やかんえんごう)等のごとしとありしかば、あら不思議や、法師ににたる大蝗虫(おおいなむし)、国に出現せり。仏教の苗一時にうせなん。」(新編1035頁)
[呵責謗法滅罪抄]「国の大蝗虫(おおいなむし)たる諸僧等・近臣等が日蓮を讒訴(ざんそ)する弥(いよいよ)盛んならば、大難倍(ますます)来たるべし。帝釈を射る修羅は箭還(やかえ)って己が眼にたち、阿那婆達多竜(あなばだったりゅう)を犯さんとする金翅鳥(こんじちょう)は自ら火を出だして自身をや(焼)く。」(新編716頁)

言うまでも無いことだが、聖教新聞のこの記事の言辞はそっくりそのまま創価学会を言っているようなものである。そう言うと、「ああ言えばこう言う」創価学会の事だから「学会に僧侶はいない」とでも言うのだろう。
しかし報恩抄にせよ呵責謗法滅罪抄にせよ、邪法の悪僧のこととは言え、悪法を流布する創価学会にあっては全くその悪僧の如くである。

池田大作は紛れもない僣聖増上慢である。創価学会は池田大作は在家であって、そもそも僣聖増上慢は在家には該当しないと言いたいようだが、そうはいかない。
我々日蓮正宗信徒は、「現代の一凶」である創価学会こそ「大蝗虫」と断じ、誤った信仰観を植え付けられた学会員を一人でも多く救済していくことが肝要である。

近年の創価学会は、池田が表舞台から姿を消したことも相まって、実に生命力が失われて元気が無い。
いよいよ大謗法の害毒が現証として現れ始めてきたのだろうか。
平成27年は第二祖日興上人御生誕七七〇年の大佳節であるとともに、御当職日如上人猊下より法華講員50%増との御命題を賜っている年である。本年も終わりも近くなってきたが、益々折伏に励んでいかねばならない。



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テーマ : 仏教・佛教
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「狸祭り事件」戸田城聖氏を筆頭に創価学会員青年部が老僧を集団リンチ

狸祭り事件」戸田城聖氏を筆頭に創価学会員青年部が老僧を集団リンチ

当時の一般新聞報道
朝日新聞 昭和27年9月3日夕刊3面
戸田会長を留置 日蓮宗つるし上げ事件
【吉原発】岐阜県美濃町本玄寺住職小笠原慈聞師(七八)を日蓮宗創価学会=東京都千代田区神田西神田=の一部信徒がつるし上げた事件を調べている静岡県富士地区署は一日同会和泉覚氏を、さらに二日同会会長の戸田城聖氏留置したほか、つるし上げに参加したとみられる同会青年部の十名を任意出頭で調べ、同夜釈放した。
取り調べを受けた青年部の中には大学教授二名、小学校教員四名など知識人が多く証拠固めは三日で一応終る見込み。なお小笠原師は四月二十七日の被害当日裸にされて殴られ、全治四週間の負傷をした上謝罪状を書かされたと同署では言っている。
朝日新聞 昭和27年9月3日夕刊3面 戸田会長ら留置



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池田ビラ事件判決文 平成15年(ネ)1464号

池田ビラ事件判決文 平成15年(ネ)1464号

宗教法人創価学会(創価学会員個人ではない)が原告として敗訴した事件。

★裁判所
裁判所ホームページ

★引用元データベース d1-law 第一法規法情報総合データベース
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図書館に於ける資料複写についてのメモ

図書館に於ける資料複写についてのメモ

★著作権の有無
 ◎国内
  ◆民間
   日本では著作権を放棄することが出来ないため、原則として民間が発行した一切の書物や創作物には著作権がある
  ◆公文書
   法律条文、判決文、官報、国土地理院発行地図面等は個人の研究用途などにおいて制限無く行える
 ◎国外
  その国の法律による

★著作権の失効
 ◎個人の場合
  著者死亡から50年を経過したもの
 ◎団体の場合
  ◆書籍
   著作物発行から50年を経過したもの
  ◆雑誌
   当該号数が発行から50年を経過したものか(?)
 ◎複刻本の場合
  付加された論文は新しい著作と扱われるだろう、例えば序など
  何という書籍(雑誌)の復刻であるかが証明できなければいけないか(?)

★複写の制限
 ◎著作権を有するもの
  ページ数の半分まで複写が可能、ただし論文単位であればその上限を超えて複写が行える(?)
 ◎著作権を失効したもの、個人研究用途で制限を有さないもの
  前ページの複写が可能

★国立国会図書館の請求記号における違い
 Zで開始されるものは雑誌扱い(新聞は雑誌と同様に扱われる)

僧俗の礼儀と立場

御法主日如上人猊下お言葉
僧俗の礼儀と立場
総本山大坊在勤式の砌
平成二十六年三月二十八日 於 総本山大書院
大日蓮 H.26年5月号 50頁8行目~50頁16行目

 (出家得度されたお子さまの親御さん)皆様方のお子様が出家し、それぞれ道号と言いまして、お坊さんの名前を頂戴いたしました。今後、親御さんの方々は、たとえ我が子であったとしても、今までのように呼び捨てではなく、例えば、明栄さんなら、明栄さんというように、必ず「さん」付けで呼んでもらいたいのです。
 それはどういうことかと言いますと、皆さん方は自分のお子さんが、だれからも尊敬される立派な御僧侶になってもらいたいと思っているでしょう。そうであるならば、まず皆さん方が、そのお手本を示していく必要があるわけです。すなわち、皆さん方が出家された我が子に、きちんと「さん」付けで呼ぶことによって、一つの見本を示すのであります。ですから、今後は必ず「さん」付けで呼んでいただきたいと思います。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた

主師親の三徳

御法主日如上人猊下お言葉
主師親の三徳
第十七回 海外信徒夏期講習会お目通りの砌  平成二十六年八月二十三日 於 総本山客殿
大日蓮 H.26年10月号 56頁4行目~58頁11行目

 大聖人様は『開目抄』に、
  「夫(それ)一切衆生の尊敬(そんぎょう)すべき者三つあり。所謂、主・師・親これなり」 (御書五二三㌻)
と仰せられています。 この御文は、『開目抄』の冒頭の御文でありますが、『開目抄』は、『観心本尊抄』が法本尊開顕の書であるのに対して、人本尊開顕の書と言われている重要御書であります。
 その冒頭に、一切衆生の尊敬すべきものとして、主師親の三徳を挙げられていますが、主徳とは主人の徳で衆生を守護する力・用きを言い、師徳とは師匠の徳で衆生を正しい道に導き教化する力・用きを言い、親徳とは親の徳で衆生を慈愛する用きを言います。
 この主師親の三徳について、これらの一分を具えた人師は歴史上、多々見受けられますが、三徳を兼備あそばされているのは仏様だけであります。例えば、インド出現の釈尊も主師親の三徳を兼備された仏様であります。
 しかし、釈尊は熟脱の教主にして、その教えの効力は正像二千年までに限られ、大集経に「白法隠没」と仰せられているように、末法の衆生を救済することはできません。
 よって、末法の一切衆生救済のため、法華経の予証に従って御出現あそばされたのが、内証久遠元初の御本仏・主師親三徳兼備の宗祖日蓮大聖人様であります。
 故に『産湯相承事』には、
  「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」 (同一七一〇㌻)
と仰せられ、さらに『開目抄』には、
  「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」 (同五七七㌻)
と仰せられているのであります。
 末法の一切衆生は、主師親三徳兼備の日蓮大聖人様を御本仏と仰ぎ奉り、大聖人様がお唱えあそばされた本因下種の妙法を受持信行して、初めて成仏得度がかなえられるのであります。
 故に『椎地四郎殿御書』には、
  「生死の大海を渡らんことは、妙法蓮華経の船にあらずんばかなふべからず」 (同一五五五㌻)
と仰せられているのであります。
 されば、今、私どもは一切衆生救済の秘法たる御本仏日蓮大聖人様の本因下種の妙法をもって、一人でも多くの人に折伏を行じ、もって五濁にまみれた末法の世を浄化し、すべての人々の幸せと芯の世界平和実現を目指して、なお一層の精進をそていかなければならないと思います。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた

二十行の偈、三類の強敵

御法主日如上人猊下御講義
二十行の偈、三類の強敵
信行要文④ 平成二十六年度 第十一回 法華講夏期講習会 第四期
大日蓮 H.26年10月号 17頁7行目~19頁16行目

 「二十行の偈」とは、法華経勧持品のなかに説かれる偈文のことであります。「偈」とは、仏典のなかで韻文(いんぶん)形式を用い、仏様の徳を讃歎したり、あるいは法理を述べられたもので、四句から成っているのであります。私達が朝夕の勤行で読誦するなかに寿量品の「自我偈」がありますが、自我偈の「偈」はこの偈文の意味です。
 この偈文は、四句で一行、一つの偈となっています。例えば、自我偈の初めに、
  「自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇」 (法華経四三九㌻)
という御文がありますが、それぞれ五字で一句となっていて、四句で一偈となるという具合です。
 お経のなかには多くの偈がありまして、方便品のなかにもあります。勤行で三転読誦する十如是の御文に続いて、
  「世雄不可量 諸天及世人 一切衆生類 無能知仏者」 (同九〇㌻)
から始まる「世雄偈」という偈があります。
 方便品は十如是のあとも、実は長く続いておりまして、私が小僧の時はそれを勤行で読んでおりました。今は十如是までしか読みませんので、皆さんのお経本にも載っておりませんが、その世雄偈も四句で一偈となっております。
 同様に、勧持品に説かれる偈文も、五字で一句となっている偈文が二十行、つまり一行が四句で二十字、それが二十行ですkぁら、四百字の偈文が説かれているのです。すなわち、
  「唯願不為 (唯願わくは慮(うらおも)いしたもう為(べ)からず) 」 (同三七五㌻)
から始まって、
  「発如是誓言 仏自知我心 (是の如き誓言(せいごん)を発(おこ)す 仏自ら我が心を知ろしめすらむ) 」 (同三七八㌻)
の御文までが二十行の偈であります。
 これは、法華経の虚空会において八十万億那由佗の菩薩が、仏滅後に三類の強敵による大難に耐えて法華経を弘通することを、異口同音に誓った御文であります。
 この三類の強敵とは、第一が俗衆増上慢で、法華経の行者を悪口罵詈したり、あるいは刀杖の難を加えたりする、仏法に無知な在俗の人々のことであります。
 第二の道門増上慢とは、邪宗の僧侶のことを言い、慢心が盛んで、邪智に富んだ者達のことであります。
 そして、第三が僣聖増上慢と言い、表面上は聖者のように装って社会的に尊敬を集めているけども、内面では利欲に執し、悪心を懐いて、法華経の行者を怨嫉する僧侶のことであります。大聖人様の御在世当時では、権力を利用して大聖人様を流罪あるいは死罪にしようとした極楽寺良観などが、この僣聖増上慢に当たります。
 このような三類の強敵による様々な大難を及んで法華経を弘通することを、異口同音に誓ったのが、勧持品の二十行の偈文であります。
 末法今時におきましては、『開目抄』のなかに、
  「日蓮一人これをよめり」 (御書五四一㌻)
とおっしゃっておられますように、大聖人様は三類の強敵が説かれる二十行の偈を、身口意の三業で読まれたのであります。例えば、小松原の法難や竜口の法難、あるいは伊豆・伊東の法難など、たくさんの法難がありますが、このような未曾有の大難を受けながら、大聖人様は末法の御本仏としての境地を開顕あそばされたのです。ですから「日蓮一人これをよめり」と示されたように、三類の強敵を身口意の三業にわたってお読みあそばされたのは、御本仏である大聖人様お一人なのであります。


※タイトルは僭越ながら当方で付けた

情報検索に用いている図書館情報

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日蓮正宗および傍系反系資料検索に用いている図書館とその情報検索等のメモ。

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       静岡民友新聞 明治30~昭和16年
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日蓮正宗関連文献
       大石原千居遺跡 第1次発掘調査概報 静岡県富士宮市日蓮正宗総本山大石寺所有地内遺跡
       静岡県史 資料編5 中世 一
       静岡県史 資料編6 中世 二、静岡県史 資料編7 中世 三は蔵書に無いようである

富士宮市中央図書館
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オンライン蔵書検索 蔵書検索
新聞(縮刷)  静岡新聞 昭和45年6月~
       朝日新聞 復刻版含めると明治期より、静岡版(昭和52年~)
       産経新聞 直近1年(静岡版か)
       日本経済新聞 直近1年(静岡版)、静岡版(昭和52年~)、縮刷(昭和45~平成18年2月)
       毎日新聞 直近3ヶ月(静岡版)、静岡版(昭和61年~)、縮刷(平成元年2月~)
       読売新聞 直近3ヶ月(静岡版)、静岡版(昭和61年~)、縮刷(平成元年2月~)
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       福島民報 直近2ヶ月
       聖教新聞 直近1ヶ月
日蓮正宗関連文献
       富士大石寺案内 複写製本版
       総本山大石寺了性坊誌-論文・資料 了性坊開創710年記念出版-
       日蓮大聖人御真筆聚-大石寺蔵-第1冊
       日蓮大聖人御真筆聚-大石寺蔵-第2冊
       日蓮大聖人御真筆聚-大石寺蔵-第3冊
       日蓮大聖人御真筆聚-大石寺蔵-第4冊
       日蓮大聖人御真筆聚-大石寺蔵-第5冊~第8冊は蔵書に無いようである


★修正履歴
2014/10/19 いわき市総合図書館 新聞縮刷、新聞マイクロの蔵書を修正

富士宗学要集とは

富士宗学要集とは

富士宗学要集について若干説明しておきたい。
富士宗学要集は、碩学であられた総本山第五十九世堀日亨上人の御編纂であり、富士宗学全集全134巻から極力正系の資料を抄録した傑出の遺書である。富士宗学全集は、同猊下が心血を注いで編纂に当たられて完成をみたが、実に膨大な上、一般信徒には閲覧する便には適さず、正系以外に傍系、反系の資料も多く含まれる。その量質ともに門外不出のものであるが、多くは富士学林教科書研究教学書全31巻に収録されている。
富士宗学要集は、現在入手はさほど困難ではないが日蓮正宗では現在取り扱いが無く、多くは過去に出版された創価学会版に頼ることが通常であろうと思う。実は創価学会版については、まだ聖教新聞社での取り扱いがあり、全巻ではないものの一部はまだ購入可能な状態にある。SEIKYO onlineにて在庫を電話確認できる。
創価学会版の富士宗学要集は、じつは三回目の出版物にあたり、最初の出版は謄写原稿を印刷製本したもので雪山書房による発刊であったが、流通数が極めて少なかった。
二回目の出版は富士宗学要集刊行会からの発行で、このときに活字体に改められたようである。
三回目の出版は先に述べたとおり、創価学会版による発刊で、富士宗学要集刊行会発刊のものと同一ページ構成で発刊され、出版部数も多く今でも古書店やオークションで容易に安価で入手可能である。なお、創価学会版には総索引が付属しない(後述)。
富士宗学要集は、御書収録外の御歴代上人ほか重要資料が収録されており、特に相伝・信条部には本人妙抄、百六箇抄について後加を含めてその真偽が傍線にて示して掲載されているし、産湯相承事、御本尊七箇相承等の相伝書等を収録し、また日有上人の化儀抄を収録しているため、大変有用である。
おそらくは、富士宗学要集の出版権は創価学会が所有しているのでは無いかと思う。出来るかぎり日蓮正宗にてこの書を再出版して頂きたいと願うものである。
以下に各版について、構成および富士宗学要集刊行会版と創価学会版の箱と扉の図を掲載しておく。

★雪山書房版
富士宗學要集 相傳・信條部 昭和11
富士宗學要集 宗義部一 昭和10
富士宗學要集 宗義部二 昭和11
富士宗學要集 宗義部三 昭和12
富士宗學要集 疏釋部一 昭和10
富士宗學要集 宗史部一 昭和11
富士宗學要集 問答部一 昭和11
富士宗學要集 問答部二 昭和11
富士宗學要集 問答・宗史・雜部 昭和11
富士宗學要集 史料類聚 昭和14
富士宗學要集 史料類聚別卷 昭和17
富士宗學要集 疏釋部二 昭和10

★富士宗学要集刊行会版
富士宗学要集 箱 富士宗学要集刊行会版 富士宗学要集 扉 富士宗学要集刊行会版
富士宗学要集 第一巻 相伝・信条部 昭和31
富士宗学要集 第二巻 宗義部(一) 昭和32
富士宗学要集 第三巻 宗義部(二) 昭和33
富士宗学要集 第四巻 疏釈部(一) 昭和30
富士宗学要集 第五巻 宗史部(一) 昭和31
富士宗学要集 第六巻 問答部(一) 昭和31
富士宗学要集 第七巻 問答部(二) 昭和31
富士宗学要集 第八巻 史料類聚(一) 昭和32
富士宗学要集 第九巻 史料類聚(二) 昭和32
富士宗学要集 第十巻 疏釈部(二) 昭和33
富士宗学要集 第十一巻 総索引 昭和34

★創価学会版
富士宗学要集 箱 創価学会版 富士宗学要集 扉 創価学会版
富士宗学要集 第一巻 相伝・信条部 昭和61
富士宗学要集 第二巻 宗義部[1] 昭和61
富士宗学要集 第三巻 宗義部[2] 昭和61
富士宗学要集 第四巻 疏釈部[1] 昭和59
富士宗学要集 第五巻 宗史部 昭和60
富士宗学要集 第六巻 問答部[1] 昭和53
富士宗学要集 第七巻 問答部[2] 昭和53
富士宗学要集 第八巻 史料類聚[1] 昭和54
富士宗学要集 第九巻 史料類聚[2] 昭和53
富士宗学要集 第十巻 疏釈部[2] 昭和54

宗祖御遷化記録

  宗祖御遷化記録   弘安五年一〇月一六日 正本 西山本門寺藏
一、弘長元年辛酉五月十二日伊豆國被流御年四十 預伊東八郎左衛門尉造立正安國論一卷奉最明寺入道故也、同三年二月廿二日、赦免、
一、文永八年辛未九月十二日被流佐土島御年五十 預武州前司依極樂寺長老良觀房訴狀也、訴狀在別紙同十一年甲戌二月十四日赦免、
 同五月十六日、甲斐國波木井身延山隱居す地頭南部六郎入道
一、弘安五年壬午九月十八日武州池上入御地頭衞門大夫宗仲
 同十月八日本弟子六人被定置此狀六人面々可帶云々 日興一筆也
      定
     一弟子六人事 不次第
    一、蓮華阿闍梨 日持
    一、伊與公   日頂
    一、佐土公   日向
    一、白蓮阿闍梨 日興
    一、大國阿闍梨 日朗
    一、辨阿闍梨  日昭
 右六人者本弟子也、仍爲向後所定如件。
   弘安五年十月八日
   同十三日辰時御滅御年六十一 卽時大地震動、
   同十四日戌時御入棺、日朗日昭 子時御葬也、
一、御葬送次第
   先火      二郎三郎鎌倉住人
   次大寶華    四郎次郎駿河國富士上野住人
   次幡      左 四條左衛門尉
            右 衞門大夫
   次香      富木五郎入道
   次鐘      大田左衞門入道
   次散花     南條七郎次郎
   次御經     大學亮
   次文机     富田四郎太郎
   次佛      大學三郎
   次御はきもの  源内三郎御所御中閒
   次御棺     御輿也
              侍 從 公
              治 部 公
             左
              下 野 公
              蓮華阿闍梨
   前陣 大國阿闍梨
              出 羽 公
              和 泉 公
             右
              但 馬 公
              卿  公

              信 乃 公
              伊 賀 公
             左
              攝 津 公
              白蓮阿闍梨
   後陣 辨阿闍梨
              丹 波 公
              大 夫 公
             右
              筑 前 公
              帥   公
   次天蓋     大田三郎左衞門尉
   次御大刀    兵衞志
   次御腹卷    椎地四郎

   次御馬     龜王童
           瀧王童
一、御所持佛敎事、
   御遺言云、
  佛者釋迦立像 墓所傍可立置云云、
  經者私集最要文名注法花經
  同籠置墓所寺六人香花當番時可被見自餘聖敎者非沙汰是限云云、仍任御遺言所記如件、
  弘安五年十月十六日                      執筆 日  興 花 押

歴代法主全書 一巻八〇頁

  宗祖御遷化記録   弘安五年一〇月一六日 読み下し(平成新編御書 一八六三頁) 一、弘長元年辛酉五月十二日、伊豆国に流され御年四十 伊東八郎左衛門尉に預けらる立正安国論一巻を造り最明寺入道に奉る故なり。   同三年二月廿二日、赦免。 一、文永八年辛未九月十二日、佐土が島に流され御年五十 武州の前司に預けらる極楽寺長老良観房の訴状によるなり。 訴状は別紙に在り。   同十一年甲戌二月十四日、赦免。   同五月十六日、甲斐国波木井の身延山に隠居す地頭南部六郎入道。 一、弘安五年壬午九月十八日、武州池上に入御地頭衛門大夫宗仲。   同十月八日、本弟子六人を定め置かる此の状六人面々に帯すべし云々。日興一筆なり。       定      一弟子六人の事 不次第     一、蓮華阿闍梨 日持     一、伊与公   日頂     一、佐土公   日向     一、白蓮阿闍梨 日興     一、大国阿闍梨 日朗     一、弁阿闍梨  日昭    右六人は本弟子なり、仍って向後の為に定むる所、件の如し。     弘安五年十月八日   同十三日辰の時、御滅御年六十一 即時に大地震動す。   同十四日戌の時、御入棺日朗日昭 子の時、御葬なり。 一、御葬送次第     先火      二郎三郎鎌倉の住人     次大宝華    四郎次郎駿河国富士上野の住人     次幡      左 四条左衛門尉             右 衛門大夫     次香      富木五郎入道     次鐘      大田左衛門入道     次散華     南条七郎次郎     次御経     大学亮     次文机     富田四郎太郎     次仏      大学三郎     次御はきもの  源内三郎御所御中間     次御棺     御輿なり                侍従公                治部公              左 下野公                蓮華阿闍梨     前陣 大国阿闍梨                出羽公              右 和泉公                但馬公                卿公                信乃公                伊賀公              左 摂津公                白蓮阿闍梨     後陣 弁阿闍梨                丹波公              右 大夫公                筑前公                帥公     次天蓋     大田三郎左衛門尉     次御大刀    兵衛志     次御腹巻    椎地四郎     次御馬     亀王童             滝王童 一、御所持仏教の事    御遺言に云はく   仏は釈迦立像 墓所の傍らに立て置くべし云云。   経は私集最要文注法華経と名づく 同じく墓所の寺に篭め置き、六人香花当番の時之を被見すべし。自余の聖教は沙汰の限   りに非ず云云。 仍って、御遺言に任せ記す所、件の如し。  弘安五年十月十六日                      執筆 日  興 花 押
プロフィール

美華子愛♪

Author:美華子愛♪
日蓮正宗信徒の美華子愛♪です。念のため申し上げておきますが、男性です。
昭和50年に創価学会三世として生を受け、以来平成20年まで創価学会に在籍。両親はともに現役の学会幹部。
創価学会の本尊が偽造本尊と知り平成20年に脱会、法華講の方と接触して御住職ともお話を伺い、日蓮正宗こそ正当と確信して同年に勧誡式を受けて日蓮正宗に帰伏、現在に至る。

本ブログは、主に日蓮正宗の教義資料の掲示、それに関連する傍系反系資料を含めて掲示します。
特に入手の難しい資料で信徒にも重要と思われる物について掲示していきます。
なお、誤り等あるときはご連絡いただけますと幸いです。

メールアドレスは
mikacolove0101-blog@yahoo.co.jp
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